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私の職業は医師です。救急の担当で、妊娠前はドクターヘリや救急車に乗って現場へ行ったり、海外に救護援助に行ったりもしていました。医師になりたいと思ったのは、小学生の頃。アフリカの子どもたちの現状をテレビで見る機会があり「病気の人たちを助けたい」と思ったのがきっかけです。最初は外来の医師でしたが、診察室で待っていたら間に合わない方がいて、「助けられる命はどうにかして助けたい」と強く感じるようになり、救急の医師になりました。
残念ながら助けられない方もいるのですが、何年かに一度は治療をした後にとても状態が良くなる方がいて、そんな時は嬉しくて嬉しくてたまらない気持ちになります。以前、助からなかったかもしれないお子さんの命を救えたことがあり、後になって「小学校に入りました」とお手紙を頂いたことがありました。その時は「この経験であと10年は仕事ができる!」と思えるくらい感激しましたね。そんな風に仕事に全力投球し続けて20年が経ち、46歳の時に双子を妊娠しました。
双子は不妊治療で授かりました。「これで最後にしよう」と決めていた時に妊娠が分かり、本当に嬉しかったです。「仕事をどうしようか」という思いもあったのですが、すぐに子どもたちを優先しようと決めました。現場に迷惑をかけられないので、妊娠をしたことはすぐに上司に話し、ドクターヘリには乗れないことなどを伝えました。
また、職業柄、双子妊娠や高齢妊娠のリスクを知っていたので、すぐに仕事の調整をしました。夜勤があったので、体調不良時のことを考えて交代できる人をシフトに入れておいたり、会議の引き継ぎ資料の作成をしたりしました。自分に何かあっても職場が回るようにしていましたね。幸い入院などはありませんでしたが、事前に調整をしていたことで、自分の仕事の整理がついたし、産休前の引き継ぎもスムーズにすることができました。職場の仲間にも支えられて妊娠経過は順調でしたが、自宅で破水し、予定より少し早めの35週5日で出産しました。
出産後は、1年間育児休業を取りました。夫が夜勤のある仕事だったので、夜にワンオペ育児になる時もありました。育児は仕事と違って誰かと代われないので、大変だと感じました。何度も時計を見ては、夫の帰りを今か今かと待っていましたね。
双子が1歳になる少し前に保育園への入園が決まり、そのタイミングで仕事に復帰しました。出産前は新幹線で40分ほどの病院に勤務していましたが、通勤時間が長かったため、育休中に別の職場を探しました。再就職の条件として、夜勤は難しいことなどを伝えましたね。結果的に、家庭状況を理解してくれる職場が見つかったので、安心して再就職することができました。
担当は妊娠前と同じく救急ですが、呼び出しでの出勤と夜勤は外してもらいました。土日の日勤は月1、2回あるのですが、そこは夫と調整しています。保育園の送迎は、朝の送りが私、夕方の迎えを夫というように役割分担をしていますね。
やっぱり出産前と同じようにはいかないと感じることもあります。朝は私が保育園に送っていくのですが、場合によっては会議に遅れてしまうこともあります。それに、夕方はもう少し仕事をしたいと思っていても、お迎えの時間だからと諦めざるを得ないこともあります。周りも気を遣ってくれてとてもありがたいのですが、時には「あの仕事、私に回してほしかったな」と思うこともあり、ちょっと辛く感じることもあります。そういう時は「やりたかったけど、回してもらってもきっと今は満足にできなかっただろうな」と割り切るようにしていますね。
一方で、双子を出産したからこそ仕事の幅が広がっているという良い面もあります。出産前から、仕事で子どもの事故防止について話す機会がありました。双子を育てていく中で、リアルに子どもの行動を見るようになったので、実生活を通して新たな気づきを得られ、お伝えできる話の幅も広がっています。
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